「1990年代は総じてDOA氷河期だった」とは私の素直な感想である。当たっているか否かは、今後の問題としたい。
1980年代は、大方の情報システム部門にとって、「DOAが進むべき方向」と認識されていたように思われる。弊社は1985年に創立したが、当初は本格的なDOAの方法論PLAN−DBをかなりのお客様−ほとんどはユーザ企業の情報システム部門−に紹介させていただいた。当時はメインフレームでの手作りの時代であったが、広域DOAを実現する、リソース共有・実装独立・メタデータ管理と言ったPLAN−DBの文化を訴えた。手前味噌かもしれないが、これが定着した企業では、その後のC/S時代もこれを踏襲することによって、大きな混乱もなく、今日を迎えておられるように見える。データ流通にさほどの問題が感じられず、ERP導入を見送ったり、導入しても高品質のリソースを活用して比較的スムーズに成功した企業が多い。
1990年代になると、短期のROIを求めるソリューション指向から、C/Sへのダウンサイジングがブームとなった。C/S前提のツールが種々登場した。ツールは概ねDOAを前提とするものであったが、安直な実装が狙いであり、広域DOAのためのリソース共有・実装独立・メタデータ管理との両立は難しかった。こうして結局、孤島システムの乱立する無政府状態を招来する企業が続出した。情報システム部門は、運用・製造を外注化するほどに、設計能力も低下し、ERPの登場とあいまって、企画と称して、実態は「丸投げ」に走るケースが増えてきた。そうなると設計の主体は、結局SI業のSEが担当することになる。
SI業のSE、とくに若手は、一般にプログラミング言語に長けていてもデータモデリングには疎い。COBOL、PL/IをVB、Javaに変換する仕事はあっても、データモデル図を描いて現状システムの問題や新規システムのあるべき姿を議論し、共有する機会には恵まれない。こうして1990年代に育った、設計を担当するSE達のデータモデリングの力は、先輩たちに比べてかなり見劣りするものとなって行った。
「データモデリングによって見える世界は、プログラミングから見える世界の10倍以上広い」と言うのが私の持論である。21世紀を迎え、より広い世界、大規模システムを扱わなければならないのに、これに応えられる人がいない。中国・インドが安いと言って、丸投げ・空洞化しつつあるが、これをいつまでも続けられるのだろうか。要件をしっかり抑えて発注するためには、システムの全貌・要求をしっかり抑えなければならない。広域データ流通を指向するDOA/データモデリング抜きでこれができるはずがない。
21世紀、DOA氷河期を終え、ユーザニーズを疑義なく明示するDOA技術を、多くの方々に習得していただきたいと思う、今日この頃である。
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